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大阪高等裁判所 昭和46年(行コ)24号 判決

控訴人 甲野一郎

被控訴人 神戸刑務所長 西幸雄

右指定代理人 曽我謙慎

〈ほか三名〉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を破棄する。本件を神戸地方裁判所に差戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の関係は、次に付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決四枚目裏六行目の「同年八月二日」を「同年八月二四日」と、同七行目の「同月一七日」を「同月一九日」とそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。

控訴人の主張

控訴人は昭和四七年八月二八日刑期満了し、翌二九日神戸刑務所を出所した。右事情の変更にともない、本件訴の利益についての従前の主張を次のとおり改める。

控訴人は右刑期の満了により恩赦法に基づく復権を受ける利益を有する。恩赦は再犯のおそれの有無を基準としてなされるものであり、その判断は犯罪の動機、その後の日時の経過年数、行状、仮釈放の有無等を調査してなされるもので、特に在監中の行状は行政官庁における直接の監督下における客観的な資料として重視される。控訴人は初犯でかつ犯罪は一つであり、犯罪時からすでに一八年を経過し、社会の受入態勢も最良とされていたもので、本件処分のほかに恩赦が許されない事由はない。控訴人は本件処分があるため再犯のおそれがあると判断され、仮釈放されることなく満期出所したもので、本件仮処分が取消されない以上復権の出願をするも中央更生保護審査会において却下されることが明らかであり、また少なくとも本件処分があっても恩赦を受けられるとする保証はない。従って本件処分の取消を求める利益がある。

被控訴人の主張

一、控訴人が昭和四七年八月二八日刑期が満了し、翌二九日神戸刑務所を出所したことは認める。

二、復権は政令によって要件を定め一般的に行われる場合と、特定の者に対して個別的に行われる場合とがある(恩赦法九条)。控訴人の右主張は特定の者に対して個別的に行われる復権に関するものと解せられるところ、特定者に対する復権は、検察官または保護観察所の長が職権あるいは本人の出願にもとづき、中央更生保護審査会(以下審査会という。)に対して復権の上申をまって行なわれる(恩赦法一二条、同法施行規則三条)。ところで、復権の上申書には、判決の謄本または抄本、刑の執行を終りまたは執行の免除のあったことを証する書類、刑の免除の言渡のあった後または刑の執行を終りもしくは執行の免除のあった後における本人の行状、現在及び将来の生計その他参考となるべき事項に関する調査書類を添付すべきこととされ(同法施行規則四条一項)、復権の願書には出願者の氏名、出生年月日、職業、本籍及び住居、有罪の言渡をした裁判所及び年月日、罪名、犯数、刑名及び刑期または金額、刑執行の状況、出願の理由などを記載すべきこととされている(同法施行規則九条一項)。ここに刑執行の状況とは、何年何月何日に仮出獄、何年何月その刑の執行を終了したものである等の記載をいう。してみれば、本件処分が取消されるか否かは、何ら復権の出願または上申には関係のないことが明らかである。

次に審査会が法務大臣に対し、特定者に対する復権の実施について申出をする場合には、あらかじめ本人の性格、行状、違法の行為をするおそれがあるかどうか、本人に対する社会の感情その他関係のある事項について、調査をしなければならないとされている(犯罪者予防更生法五四条一項)。右の定め及び恩赦制度の目的からすれば、調査の対象とされる事項は、犯罪の動機、方法、結果等の犯情に酌量の余地があるかどうか、改悛の情が顕著で、相当長期間にわたって健全な社会生活を営み、再犯のおそれがないと認められるかどうか、被害弁償を行うなどして被害者や社会の感情が融和しているかどうか、または少なくともこれを刺激するおそれは存しないかどうか、刑に処せられたことが本人の社会生活上の障害ないし精神的負担となっている具体的事情が認められるかどうか等極めて広い範囲にわたっている。従って犯情が悪質であれば、在監中に懲罰処分を受け、その取消がなされたからといって復権の申出はなされないし、逆に犯情に酌量の余地があり、相当長期間にわたり健全な社会生活を送り、且つ社会感情が融和しているといった事情が認められれば、右処分の取消がなくても復権の申出はなされる関係にある。

すなわち、控訴人の場合においても、本件処分が取消されなかったとしてもそのことが審査会の審理に当然かつ直接的に不利益を招来するものではなく、また仮に不利益に取扱われるとしても、かかる不利益は控訴人が刑の執行を終え、復権の出願の資格を得ただけの現段においては、将来の発生にかかり、その発生自体確定的であるともいえず、更に復権審理の際不利益に取扱われることがあるとすれば、右不利益な取扱いを争う訴訟において考慮されるべきものである。従って本件処分の取消を求める本件訴はその利益を欠くというべきである。

証拠≪省略≫

理由

一、まず控訴人の懲罰処分取消請求の訴について審究する。控訴人が神戸刑務所に在監中被控訴人が控訴人に対し、引用に係る原判決事実摘示請求原因(一)、(イ)(ロ)(ハ)記載の各懲罰処分(以下、本件懲罰処分という。)をなしたこと、本件懲罰処分は同事実摘示本案前の答弁(一)、(イ)(ロ)(ハ)記載(前記訂正部分を含む。)のとおり執行されたこと及び控訴人が昭和四七年八月二八日刑期を満了し、翌二九日神戸刑務所を出所したことは当事者間に争いがない。すると、本件懲罰処分はすでにその効力が消滅しているものというべきである。そこで、本件懲罰処分が失効しても、なお控訴人がその取消によって「回復すべき法律上の利益」(行政事件訴訟法九条)を有するかどうかについて考えてみる。控訴人は本件懲罰処分が取消されないかぎり、将来特定の者に対する復権(恩赦法一二条)が受けられなくなると主張する。ところで、特定の者に対する復権は、恩赦法三条の規定に基づいて最後に有罪の言渡をした裁判所に対応する検察庁の検察官が(保護観察に付されたことのある者については最後にその保護観察をつかさどった保護観察所の長が)、職権又はその特定の者の出願により、その者について、受刑後の本人の行状、現在及び将来の生計その他参考となるべき事項(例えば、改悛して家業に従事し、円満な家庭生活を営んでおり、将来も生計に支障がないことなど。)等を調査したうえ、その情状があるかどうかの意見を付して、中央更生保護審査会にその上申をするべく(出願による場合は必ずその上申をしなければならない、恩赦法施行規則三条等。)、同審査会は、右上申があったときは、本人の性格・行状・違法の行状をする虞があるかどうか、本人に対する社会の感情その他関係ある事項について慎重に調査をし、その情状があると認めたときは、これを法務大臣に申出するべく(犯罪者予防更生法五四条)、他方その情状が認められず、検察官等のした復権の上申が理由のないときは、上申をした者にその旨を通知する。そしてこの通知を受けた者は、出願者にその旨を通知しなければならないとされている(恩赦法施行規則一〇条)。そして前記のように、同審査会が法務大臣に対して復権の申出をし、行政庁たる内閣がこれを相当と認めた場合は、もっぱら内閣の責任において、行政行為たる復権を行い、法務大臣は復権状を検察官を経由し本人に交付して復権の告知をしなければならないとされている(同法一三条等)。してみると、本人の検察官等に対する復権の出願に基づいて検察官等が前記審査会に対し復権の上申をする場合、本人は復権出願権を有するものというべきであるが、それは検察官の右審査会に対する復権上申権の発動を要求するところの復権上申請求権であって、直接右審査会に対するものでないことはもちろん行政行為たる復権を行うべき行政庁たる内閣に対するものでもないというべきである。したがって、本人の復権出願に対して内閣は応答義務を有せず、本人は復権請求権(恩赦請求権)を有しないと解するのが相当である(それは、沿革的に恩赦が国の恩恵的行為であるとされていたところと、その基本において合致するものというべきである)。そうすると、控訴人はもともと復権請求権(あるいは復権を受ける権利)を有しない以上、たとえその執行を終了した本件懲罰処分が取消されたとしても、それによって控訴人が復権請求権を有することとなるわけではなく(がんらい復権請求権がないのであるから、本件懲罰処分の取消を受けなければ、復権請求権を行使できないという筋合のものではない。)、回復すべき法律上の利益はないものといわざるを得ない。また、たとえ控訴人が将来復権を受けること自体が一種の利益であるにしても、前述したところによって明らかなように、特定者に対する復権は内閣の裁量処分であり、復権を受けることの一種の利益は将来の発生にかかる不確定なものであって、行政事件訴訟法九条にいうところの「取消によって回復すべき法律上の利益」にあたらないと解するのが相当である。したがって、控訴人の本件懲罰処分取消請求についての訴は、訴訟要件を欠くものとして却下すべきである。

二、次に控訴人の身分帳簿及び懲罰簿記載抹消請求についての訴は、訴訟要件を欠くものとして、これを却下すべきものであるが、その理由は、原判決一〇枚目表八行目から同裏一行、二行目の「いわなければならない。」までと同一であるから、これを引用する。

三、そうすると、右と同趣旨の原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却するべく、民訴法三八四条・九五条・八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 阪井昱朗 宮地英雄)

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